はじめて教会を訪れる方へ

毎週日曜日10:00(約1時間)聖堂

 

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はじめてのミサ

  • ミサに参加される時は、聖堂入口から入ってすぐ左の机の上に、その日のミサで使用する「聖書と典礼」という
    小冊子と、ミサ中に歌う「カトリック典礼聖歌集」が置かれていますので、ご自由にお使いください。
  • 祭壇の左に、その日に歌う「カトリック典礼聖歌集」のページ数を表記しています。
  • 「カトリック典礼聖歌集」はミサ終了後に元の位置にお返しいただき、その日の「聖書と典礼」はお持ち帰りください。
    ミサに参加することにより、神と隣人への私たちの愛が強くなり、確かなものとなります。
    ミサは私たちのために、主イエス・キリストの晩餐を現在的なものとします。
    ミサによって私たち自身が、十字架につけられたキリストの奉献に結ばれます。
    ミサは全世界の救いのために、捧げられている教会の取り成しの祈りです。
    ※ミサ中は信徒の動作に合わせていただき、分からない時は、近くの信徒にお尋ねください。

 

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ミサの起源

  • キリストは死の前夜、弟子たちと共に囲んだ食事(最後の晩餐)において、私たちを愛する余り、愛の形見として
    「ことば」と「食事(パンとぶどう酒)」の形でご自身を残されました。
  • その再現がミサとなり、今から約2000年前に、初代教会の信徒がユダヤ教の「安息日(土曜日)と過ぎ越しの記念」を組み合わせて、「主の日 (日曜日)」と「主の過ぎ越しの記念(キリストの晩餐、受難、死と復活)」を一つの感謝の祭儀にしました。
  • ミサの名前は時代により呼び名が変わり、1世紀では「パンを裂く式」、2世紀では「感謝の祭儀」、3世紀では「キリストのいけにえ」、5世紀において現在の呼び名である「ミサ、ミッション〔派遣〕」となりました。
  • 今日では、ミサの祭儀、感謝の祭儀という言葉がよく使われています 。

 

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ミサ式次第

  1. 開祭の儀

    心の準備:「主に向かって喜び歌おう、み前に進み感謝を捧げましょう」(詩篇95)まず、ミサを始めるための歌
    (歌わずに祈りを唱える場合もあります)が歌われ、ミサの始まりの挨拶を交わします。ミサを始める前に心の
    準備をし、自分の罪と過ちを認めながら、キリストに憐れみと赦しを求め、解放された清い心で、神の栄光を
    賛美します。 ミサの始まりです。

  2. ことばの典礼

    耳を傾ける:「今日こそ、神の声を聞くなら、神に心を閉じてはならない」(詩篇95)ここではおもに聖書をもとにして、
    神の言葉を聞きます。旧約聖書の朗読(第一朗読:信徒が朗読)、キリストの弟子が書いた新約聖書の朗読(第二朗読:信徒が朗読)、そしてキリストの事を書いた「福音書」の朗読(司祭)が行われます。第一朗読の後に、イスラエルの民の賛美歌(答唱詩篇)を歌い、又、第二朗読の後に、初代教会の信徒の賛美歌(アレルヤ唱)を歌います。神を礼拝したイスラエルの民の感謝の歌、又はキリストを信じた信徒の賛美、さらに昔、神が語られた教えは、今生きている私たちの日常生活のためにも、重大な支えとなります。
    朗読が終ると、司祭(神父)が今日の朗読を通して、神が私たちに伝えたいことを説明します。(説教)その後に、信徒たちが一つになって自分たちが何を信じているかを宣言 (信仰宣言) し、そして世界のために、取り成しの祈り(共同祈願)を奉げます。

  3. 感謝の典礼

    人類の労働と自然の実りの奉納:「救いの杯を上げて主の名を呼び、満願の捧げ物を主にささげよう」(詩篇116)ここから、ミサの中心部分に入ります。共同体は賛美歌を歌いながら、信徒の代表者が祭壇にパンと水とぶどう酒を運びます。それは、創られたもの全てを現し、キリストのあがないの神秘が現実的なものとされます。神に捧げられるこれらの供え物は、司祭(神父)の手を通し、聖霊の交わりによって、キリストの体と血に変化します。これは私の体・・・私の血・・・これを私の記念として行いなさい。(ルカ22,19-20)同時に、信徒の共同体もキリストのうちにあって、ひとつの体、ひとつの心、ひとつの霊となり、これこそがキリスト者の信仰の神秘なのです。この状態のまま、主イエスによって、この世の歴史の流れと全人類を、神の慈しみに委ねます。この間に献金(教会の様々な活動、あるいは全世界の救済の為)が行われますが、献金は自由です。

  4. 交わりの儀

    魂の準備:「私は言おう、私の兄弟、友の為に“あなたに平和があるように、と」(詩篇122)主の祈りを唱えます。この祈りは、キリスト自身が教えたもので、教会で最も大切にされている祈りです。そして司祭が平和を願い求めます。この祈りの願いを具体化するために、信徒たちは互いに和解の印を示して、全員で挨拶『主の平和』を交わします。皆が列を作り、一人ひとりにキリストの体(聖体)が手渡され、それをいただきます。※キリストの体(聖体)はカトリックの洗礼を受けた人だけに与えられますが、洗礼を受けていない未信徒の方は、信徒と一緒に行列に並び、司祭(神父)の前で手を合わせ、頭を少しお下げくだされば、祝福を受けることができます。共同体は拝領の賛美歌を歌います。※主の祈り※

    天におられるわたしたちの父よ
    み名が聖とされますように
    み国が来ますように
    みこころが天に行われるとおり 地にも行われますように
    わたしたちの日ごとの糧を 今日も お与えください
    わたしたちの罪をおゆるしください わたしたちも人をゆるします
    わたしたちを誘惑におちいらせず
    悪からお救いください
    アーメン
  5. 閉祭の儀

    派遣の祝福:「あなた方はこれらのことの証人となる」 (ルカ24,48)司祭が最後の感謝の祈りを唱えます。教会のお知らせがあれば、ここで読み上げられます。神から授かったさまざまの恵みは、教会の中に留まるものではなく、全世界に向かって影響を与える力があります。また、社会の中に戻っていく信徒が、それぞれの日常生活を通して、復活されたキリストが自分と共に居て、自分を生かすという事実の証人となるように祝福を受けます。

    キリストによって キリストと共に キリストの内に聖霊の交わりの中で
    全能の神 父であるあなたに 全ての誉れと栄光は 世々に至るまで
    アーメン

    ※アーメンという言葉は、ヘブライ語の「アーマン」という言葉から派生した言葉で、「まことに、真実に」、「その通り」と言う意味で、旧約聖書には、「アーメンである神」という言い方が、神に対してなされており、私たちの神は、決して約束を違えることはない方ということを表現しています。私たちはミサに参加しているとき、司祭の祈りに合わせて、アーメンと唱えます。これも、司祭の唱える祈りに、同じ心で祈っていることを表すための意思表示です。

    信徒として、このアーメンの言葉を口にすることによって、ミサに参加していることを表しており、アーメンは簡単な言葉ですが、深い意味で一番短い信仰告白だと言えます。